明神山の標高は、273メートルしかない。
富士山の13分の1。エベレストと比べたら、32分の1。
「登山」と呼ぶには、少し恥ずかしい高さかもしれない。
でも、コーヒーブランドを始める場所は、ここしかなかった。
先に、打ち明けておきたいことがある
俺は、障害者だ。
両足が、思うように動かない。
歩くときは、クラッチ杖——両腕で体を支えるタイプの杖を使っている。
そうなった理由を、ここで詳しく書くつもりはない。ただ、俺が「山に登る」という言葉から一番遠い場所にいた人間だ、ということだけ、わかってもらえたらいい。
その俺が、明神山に登った。
クラッチ杖で、頂上に立った日
四月の、汗ばむ日だった。
子どもたちと一緒に、登った。
明神山の道は、ゆるやかに舗装されている。
それでも、俺の足には、じゅうぶんに"山"だった。
何度も、立ち止まった。
スニーカーの親子にも、ランニングの人にも、先に行ってもらった。
それでいい、と思えた。
誰かと競う登り方は、とっくに卒業している。
どれくらい時間がかかったのかは、正直、覚えていない。
汗だくになっていたことだけ、覚えている。
杖を突いて、一歩。また、一歩。
そうして——頂上に、立った。
空が、近かった。
「自分にもできた」
この歳になって、こんなにまっすぐな達成感が自分の中に残っていたことに、驚いた。
汗だくの四月に飲んだ、一杯のホットコーヒー
頂上は、暑かった。
正直に言うと、5つの世界遺産が、くっきり見えるわけじゃない。
山頂の案内図と、目の前の景色を見比べながら、ひとつずつ方角を確かめていく。
古都奈良。法隆寺。古都京都。紀伊山地。百舌鳥・古市古墳群——。
「いま俺は、5つの世界遺産に囲まれて立っている」
そう確かめられた瞬間の、なんとも言えない贅沢な気持ちを、今も覚えている。
273メートルという小さな一歩のご褒美にしては、出来すぎた景色だと思う。
その景色の中で、俺は、持ってきたホットコーヒーを飲んだ。
汗だくの体に、熱い一杯。
おかしな組み合わせだと、自分でも思う。
でも——その味が、忘れられない。
今まで飲んだ、どのコーヒーよりも美味かった。
豆が特別だったわけじゃない。
クラッチ杖で登り切った273メートルが、味を変えたんだ。
「挑戦の数だけ、コーヒーは美味くなる」——
MMRCのこの言葉は、きれいごとじゃない。あの日、俺の舌が実際に確かめたことだ。
あの一杯を、今度は自分の手で作りたい。
そう思った瞬間から、このブランドは始まっていた。
誰かの「初めて」になれる山
高い山には、高い山の物語がある。
鍛え上げた人だけが立てる頂上。命がけの挑戦。それは、まぶしい世界だ。
ただ、俺が惹かれたのは、逆側だった。
明神山には、小さな子どもも、年を重ねた人も、俺みたいに杖をつく人間も——それぞれのペースで、頂上に立てる。
「自分にもできた」という感覚は、標高の高さとは関係がない。
クラッチ杖の俺が、いちばんよく知っている。
ゼロがイチになる記録を、ここに
MMRC——Mt. MYOJIN RISE COFFEE は、まだ何者でもない。
商品は「COMING SOON」のまま。焙煎も、パッケージも、値段も、これから決めていく。
この JOURNAL には、その過程を全部書いていく。
うまくいったことも、つまずいたことも。ゼロがイチになる瞬間を、ここに記録していく。
山に登るのと、同じだと思っている。
一歩ずつしか、進めない。でも、一歩ずつなら、進める。
挑戦の数だけ、コーヒーは美味くなる。
— Founder, MMRC